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環境問題を考える意味

ゴミ問題、ダイオキシン、地球温暖化。世紀末にきてついにわれわれは、環境問題が常に身近にあると感じられる生活をし始めた。しかし、ふとわれにかえったとき、なぜ自分がそんなことを気にしているのかわからなくなることがある。なぜ一所懸命にリサイクルしているのか、なぜ省エネしようとしているのか。こんなことをしても無駄ではないのか、あるいはまだまだ足りないのか。そうした不安に対処するために、いまいちど環境問題を考える意味について問い直したい。 われわれの生活は、24時間365日、大量のエネルギーを消費し大量の廃棄物を出しながら成立している。家庭から出るゴミはひとりあたり1日平均1.1キロ。そのゴミがすでに行き場を失い、各地でゴミ処分場をめぐる紛争を引き起こしている。大量生産-大量消費-大量廃棄で成り立つ今の社会は、廃棄物の処理ができずに行き詰まろうとしている。同時に、莫大な量の化石燃料がエネルギーと製品の生産に消費され、それは最終的に二酸化炭素として大気中に放出され、地球の温暖化を引き起こしている。いずれの場合も、資源を消費して廃棄する完全に一方通行のシステムであり、資源が枯渇するか廃棄が行き詰まった時、そのシステムが崩壊することは明白である。今のわれわれの生活は、絶対に持続不可能なのである。 幸か不幸か、日本は地理的にも経済的にも恵まれた国である。海に囲まれた国土には絶えず雨が降り砂漠化の危険はない。その雨は酸性雨の徴候を示しているものの、森林への影響は未だ顕著でなく山は緑に覆われている。オゾンホールの影響もない。食料を自給する力はなくても、経済の力で飽食できるだけの食料を輸入している。この国で実感できる環境問題は、せいぜいゴミ処分場の不足ぐらいだ。 しかし、中国やアフリカの砂漠化はすでに深刻だ。ヨーロッパでは酸性雨により広大な森林が失われている。オゾンホールは高緯度地方の人々の生活スタイルを変えた。地球温暖化による海面上昇は、南海の島国やバングラデシュの沿岸部を侵食している。 この先、地球温暖化は世界情勢を変えるだろう。食料生産が大きな影響を受け、食料支配による国際勢力図が変化する。混乱の中、すでに食料援助に頼り切っている多くの途上国で飢餓が蔓延する。社会不安の中、戦争も勃発するかも知れない。 そのとき、日本も無事ではいられない。直接に環境問題の影響を受けなくとも、食料もエネルギーも自給できない国は、世界の混乱と社会不安の影響をもろにかぶることになる。今の日本は、持続不可能である。

 

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